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小田原支部 掲示板

教祖140年祭三年千日よふぼく一斉活動日

 

「今、おふでさきを勉強する意義」           

 

教祖の「ひながた」をたどろうとするこの旬に、「おふでさき」を勉強することは大変意義深い。

『稿本天理教教祖伝』第八章「親心」には、教祖のお心が記されている。

上田嘉成先生の回顧談によると、この章の執筆に当たり、中山正善・二代真柱様は「教祖のお心の中へ入って見てきたように書け」と命じられた。そんなことはできそうにもないと思っていると、二代真柱様は「教祖のお心は、皆んなおふでさきの中にある」とおっしゃった。こうして、第八章は「おふでさき」をもとに記されることになった。

言い換えると、教祖の親心は「おふでさき」の中に具体的に現れている。50年の「ひながた」の裏づけとなる精神は「おふでさき」にある、というのである。

第八章では、「おふでさき」のお歌が、第一号から第十七号まで順を追って誌されていることに気づく。これには、教えられた順序の中にある深い親心を味わってもらいたいという意図が込められている。

二代真柱様が「『神』『月日』及び『をや』について」という研究の中で指摘されたように、親の名前一つとっても、「おふでさき」には、子供の成人を望まれ、その成人に応じて一歩一歩導こうとされる教祖の親心がにじみ出ている。

二代真柱様は、「おふでさき」と「ひながた」について、次のように述べられている。

「ひながたは、その御行動にのみ(うかが)われるばかりではありません。おふでさきの中にもまた、陽気ぐらしへの足取りのひながたが窺われるのであります」(『天理時報』昭和34年1月1日号)

「おふでさき」を繰り返し拝読する中で、教祖の親心を求めさせていただきたい。

ようぼくだけでなく、信者の方も是非 ご参加ください

 

                                      神奈川教区 小田原支部


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